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ウィスキー蒸留所七ヶ所巡りでお札を集めてみませんか? テレビ・ドラマのおかげでバーボン人気上昇中 少し遅くなりましたが、毎年9月の第3週にはバーズタウンでバーボン・フェスティバルがあります。新しいとうもろこしの収穫を祝うお祭りなのでしょうか?この記事ではケンタッキー州名産のバーボン・ウィスキーについてレポートしますが、お酒飲みにも色々なタイプがいます。ソムリエ・レベルの方はとっくにご存知の話、逆に、味が全て=能書き不要の方には退屈な話かもしれませんので、あらかじめお断りしておきます。 バーボン巡り(Bourbon Trail)という7つの大手ウィスキー蒸留所を見学するよくできたプログラムがあります。「パスポート」にスタンプを7つ押してもらったら、蒸留所協会からプレゼントがあるそうです。八十八ヶ所の霊場巡りほど日数はかかりませんが、1日では回り切れませんよ。 アメリカのウィスキーは最近まで衰退産業と見られていました。最大の危機は1920年施行の禁酒法で、ある資料によればピークの1899年に965ヶ所もあった蒸留所が、医療用免許を与えられた30ヶ所前後を除いて閉鎖させられたのだそうです。もちろん、その後は復活しましたが、ベビーブーマー(私もそうです=団塊の世代)が伝統文化を何でも否定した1970年前後の頃から人気はかげリ始め、多くの蒸留所が閉鎖されてきました。ところが、ケンタッキー州のバーボン出荷量は1999年に底を打ち、現在は元気を取り戻しつつあります。日本での販売が増えたのも一役買っているのだそうですが、アメリカ国内でもHBOのドラマ「セックス&ザ・シティー」の生活スタイルに触発された若者の間でウィスキー・ベースのカクテルが飲まれるようになったからだとも言われています。 バーボン・ウィスキーと呼ばれるには主成分がとうもろこしで樫材の樽に入れて2年以上寝かすなどの条件がありますが、必ずしもケンタッキー州内で生産される必要はないそうです。右上の表は「売れ筋バーボン」と題しましたが、正確には米国産のストレート(ブレンドしていない)・ウィスキー銘柄の販売シェアを表しています。実際、トップの「ジャック・ダニエルズ」はテネシー・ウィスキーで、加工工程が若干違うので「バーボン」には分類されません。ただし、「ジャック・ダニエルズ」の所有者は、ルイビルの*ブラウン-フォアマン・コーポレーション=1870年創業の老舗で今やアルコール飲料最大手ですから、ケンタッキーにお住まいの皆さんも口惜しがることはありません。ケンタッキー州内には、売れ筋4位の「アーリー・タイムズ」を作るルイビル工場と、1820-30年代にバーボン製法を確立させたドクター・クロウがいた「ラブロット&グラハム蒸留所(バーボン巡り…地図D)」でバーボンを生産しています。
「ジム・ビーム蒸留所(地図@)」は、2位の「ジム・ビーム」と8位の「オールド・クロウ」を作る生産者です。3位の「エヴァン・ウィリアムズ」は1783年にルイビル近郊でウィスキー作りを始めた人物の名前に由来…バーズタウンの「ヘヴン・ヒル蒸留所(地図A)」で作られています。5位の「メーカーズ・マーク(地図B)」と6位の「ワイルド・ターキー(地図E)」も蒸留所の見学を一般公開しています。いずれも、最近、ショールームなどの設備を改装して見学者の来訪を待ち構えています。「メーカーズ・マーク」のボトルの口は赤いロウで封印するのが特徴ですが、自らの手で液に浸してオリジナルのボトルを作って持ち帰るサービスが好評です。
(一口メモ) 「バーボン」の呼称…発祥ミステリー ケンタッキー州にはフランス語の地名がたくさんあります。ルイジアナ州やミズーリ州のようにフランスから買った土地ではないし、フランス系の殖民があった形跡もないのに不思議ですね。答は、独立戦争でアメリカを応援してくれたフランスに感謝したからだそうです。ケンタッキーに入植を始めたばかりの人々は、当時イギリスが後押しするインディアンと戦っていたのです。 (独立宣言は1776年ですが)ケンタッキー州は1772年にヴァージニアのカウンティーとして生まれ、1780年にフェイエット(フランスの将軍)、ジェファーソン(後の第3代大統領)、リンカーン(ベンジャミン=アメリカの将軍)の3つのカウンティーに分かれました。バーボン・カウンティーは、1785年にフェイエット・カウンティーから分かれ、フランスのブルボン王朝の名前を取ってできた第4のカウンティーです。 「バーボン」ウィスキーの名前が「バーボン」カウンティーに由来するのには誰も異論がありませんが、現在のバーボン・カウンティーにはウィスキーの蒸留所がひとつもないのが謎となって諸説が入り乱れています。真相は藪の中…インターネットで調べてみると、大きく2つの説に分かれるようです。 第1の説の典型は、イライジャ・クレーグ牧師が1789年に(現在はトヨタ工場がある)ジョージタウンで作ったのが最初のバーボンだという極めて分かりやすい話…ジョージタウンは今でもバーボン・カウンティーのすぐ隣ですから納得してしまいそうですが、実は一度もバーボン・カウンティーになったことがないというのが、この説の致命的な弱点です。この説を修正すると、当時バーボンは広い地域で生産されていたが主にバーボン・カウンティーの港メイズビルからニューオリンズに出荷されたからだとなります。 第2の説は、初代大統領のワシントンが、ペンシルバニアでウィスキーに課税しようとしたので、スコットランド系の植民者がケンタッキーに逃げてきてバーボンを始めたという説です。今でもメイズビルに蒸留所がある「オールド・ポーグ」のホームページでは我こそはバーボンの元祖…に近い表現をしていますが、実際、この頃にはメイズビルからペンシルバニア方面に至るオハイオの道を開拓する事業があったそうですから、これも魅力的な説ではありませんか?さらに、ペンシルバニアの植民者が現在もバーボン・カウンティーのショウハン(Shawhan)で生産を始めたのが最初とも…皆さん、自分の先祖や仲間がバーボンの元祖と主張して争っているようでもあり、この論争、いつまでも尽きることはなさそうです。
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(注)BFCは*Brown-Forman Corporationの略で、Diageoはギネスやコニャックのヘネシーを販売するイギリスのアルコール飲料の多国籍企業「ディアジオ」のことです。 |